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☆◇祝・銀メダル◇☆伊調千春(レスリング)選手関連記事

◆伊調千春(いちょう・ちはる)1981年(昭56)10月6日、青森県八戸市生まれ。京都府立網野高-東洋大(中退)-中京女大-綜合警備保障。5歳から八戸クラブでレスリングを始める。00年世界ジュニア50キロ級優勝。02、03年全日本選手権優勝。04年アテネ五輪48キロ級で銀メダル獲得。世界選手権では02年51キロ級銀メダル、03年(51キロ級)、06年(48キロ級)、07年(48キロ級)の3度優勝。得意はまたさき。家族は両親と兄、妹の馨はアテネ五輪63キロ級で金メダル、北京では姉妹での金メダルを狙っている。157センチ。



『これは金メダルです』 伊調千選手 妹との歩み 胸張る
「二人で金を取って一つの金」という妹との合言葉。伊調千春選手は妹、馨選手との約束を果たせなかったが、晴れやかな表情で言った。「馨と歩いてきた道に金メダルをあげたい。この銀メダルは金メダルです」
 試合後、馨選手が泣きながら千春選手に駆け寄ってきた。泣きながら抱き締め、「よく頑張ったね」と言う妹に、「金メダルとれなくてごめんね」。
 銀メダルに笑顔をみせた千春選手を、兄の寿行さんは感慨深げに見守った。「千春は一筋縄ではいかない人生を送ってきた。試合も人生も、本当に楽な展開はない」
 千春選手がレスリングを始めたのは五歳の時。地元・青森県八戸市で近所のレスリング教室「八戸クラブ」に通う寿行さんの送り迎えについていくうち、自然と始めた。「最初にお兄ちゃんが道をつけて、二人の妹が進んだ。だけど千春の階級は人数が多く、層が厚い。千春はいばらの道だった」と母トシさん(59)も言う。
 千春選手自身も「私はいつも負けることから始まった」と言う。故郷から遠く離れた京都の網野高校に進んだのも、東洋大を中退して中京女子大へ移ったのも、悔しい敗戦がきっかけだった。
 そんな姉を支えたのは馨選手だった。アテネ五輪後も「自分のせいで姉妹で金の夢をかなえられなかった」と苦しむ姉を励まし「自分も北京でリベンジする」と言った。
 「うれしかった。私の負けを自分のことのように考えてくれている。だから、馨のためにも金を取りたい」と臨んだ北京だった。
 その金には届かなかったが、「一生懸命やった。悔いがないわけではないが、表彰台で笑ったのは、翌日試合を控えた馨のためもあるかも」と寿行さん。
 試合終了後、千春選手は「二十年以上続けてきたレスリングにありがとう、という気持ち」と、引退の意向を示唆した。夢はかなわなかったが、二人でつかんだ栄光の銀だった。
ttp://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008081702000105.html
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