10月21日、ワールドカップに向けた、全日本男子の代表候補15名による堺合宿がスタートした。最年長は37歳の主将・荻野正二(サントリー)。最年少は、21歳の清水邦広(東海大)と福澤達哉(中央大)。年の差16という幅広い年代から能力がそろった。
2005年、監督に就任した植田辰哉は、当時35歳だったサイドアタッカーの荻野を主将に指名した。荻野にとっては7年ぶりの全日本復帰だった。
「この年だから、先を見たらやっていけない。1日1日、1年1年、と思って乗り切らないと」
そう語り、北京五輪に向けた新チームの“土台作り”を当面の目標に置いた。
荻野は、精神面とプレーの両面で、チームの大黒柱となった。1年目は、10年ぶりのアジア選手権優勝へとチームを導き、ワールドグランドチャンピオンズカップでは大会第2位の86得点を挙げた。ベスト8となった昨年の世界バレーでは、石島雄介(堺)、越川優(サントリー)という若手エースが注目を集めたが、大会終盤の、ロシアやフランスという強豪相手に存在感を示したのは荻野だった。
また、国内のV・プレミアリーグでもほぼ全試合に出場し、今年はサントリーで3年ぶりに優勝を果たした。
「1日1日」の積み重ねが、今年3年目。疲れはない、と言えばうそになる。この2年の間に、精神的、体力的に消耗したと自覚している。全日本の厳しい合宿が、昨年よりつらく感じる。
2年間で、“土台作り”はできた、という手応えもあった。
それでも、荻野は歩みを止めない。最終目標は、やはり五輪だから。
「本当にしんどい時は、同い年の青山(繁)とか、やめていった連中のことを考えて、自分を奮い立たせている。前は、『先を見ずに1日1日』だったけど、今は逆に『あと少しや』と思ってやっています。北京五輪まであと10カ月やから。五輪に出れば、9年前にひざを手術してくれた先生やトレーナーなど、いろんな人への恩返しになると思うし、それに、この子らに五輪を経験させたいから」
そう言って若い選手たちを見つめる。
荻野にとって1989、91、95年以来、4度目となるワールドカップでは、当然、3位以内に与えられる北京五輪出場権を獲りにいく。日本男子が最後に出場したバルセロナ五輪から、15年。その五輪を知る荻野が、11月18日、北京への一歩を踏み出す。
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